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最高裁判所第一小法廷 平成4年(オ)2107号 判決 1996年3月28日

上告人

前田敏明

右訴訟代理人弁護士

今泉純一

吉岡一彦

福原哲晃

被上告人

石川県信用保証協会

右代表者理事

長田昭男

右訴訟代理人弁護士

越島久弥

主文

原判決中、別紙請求目録記載の被上告人の各請求に係る部分(五九四万八五二六円及びうち五八三万九九〇四円に対する昭和五七年九月二三日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を超えて被上告人の本件各請求を認容した部分)を破棄する。

前項の部分につき被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人今泉純一、同吉岡一彦、同福原哲晃の上告理由第一点について

一  被上告人の本訴各請求のうち上告人が上告の対象とした部分について、原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  被上告人は、訴外株式会社カナトコーポレーション(以下「訴外会社」という。)との間で、別紙請求目録(一)ないし(三)記載の各保証委託契約締結日に、訴外会社の訴外金沢信用金庫(以下「訴外金庫」という。)からの同目録(一)ないし(三)記載の各借入債務(以下、訴外会社の右各借入債務を「本件各借入債務」といい、個別には、同目録(一)記載の借入債務を「本件借入債務(一)」といい、同目録(二)及び(三)記載の各借入債務についてもその例による。)について被上告人が保証をし、被上告人が本件各借入債務を代位弁済したときは訴外会社が代位弁済金及びこれに対する代位弁済日の翌日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による損害金を支払うことなどを内容とする各保証委託契約(以下「本件各保証委託契約」という。)を締結した。

2  訴外会社は、訴外金庫から、別紙請求目録(一)ないし(三)記載のとおり、各借入れをした。

3  上告人は、本件各保証委託契約締結日に、被上告人に対し、本件各保証委託契約に基づく訴外会社の被上告人に対する各求償債務について連帯保証することを約した。

4  訴外会社は、昭和五七年七月六日、本件各借入債務について期限の利益を喪失した。

5  被上告人は、昭和五七年九月二二日、本件各保証委託契約に基づき、訴外金庫に対し、本件借入債務(一)につき八三五万八五六六円、本件借入債務(二)につき三〇七一万七五三四円、本件借入債務(三)につき一三九二万五二八二円、以上合計五三〇〇万一三八二円を代位弁済して、訴外会社に対する同額の各求償権を取得した(以下、右の各求償権を「本件各求償権」といい、個別には「本件求償権(一)」などという。)。

6  その後、本件求償権(一)に対し一一万一〇〇〇円、本件求償権(二)に対し一四四六万二〇〇〇円、本件求償権(三)に対し六七二万九七五〇円の一部弁済がされた。なお、訴外会社が被上告人に対して本件各求償権に対する最後の支払をしたのは、昭和五七年一〇月一二日であった。

7  本件各求償権は、昭和五七年一〇月一二日から五年を経過することにより時効消滅するものである。しかしながら、本件各求償権については、次の事情がある。

(一)  上告人及び訴外前田美代子は、昭和五三年五月二五日、訴外金庫との間で、右両名所有の原判決添付物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という。)について、債権の範囲を訴外会社と訴外金庫との間の信用金庫取引による債権とし、極度額を三六〇〇万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)設定契約を締結し、同日、その旨の根抵当権設定登記を経た。したがって、本件根抵当権は、右極度額の範囲内で訴外会社の訴外金庫に対する本件各借入債務を担保するものである。

(二)  上告人及び訴外前田美代子は、昭和五六年一一月一八日、訴外金庫との間で、訴外会社の訴外金庫に対する本件借入債務(三)の担保とするため、本件不動産について抵当権(以下「本件抵当権」という。)設定契約を締結し、同日、その旨の抵当権設定登記を経た。

(三)  本件不動産に抵当権を設定していた訴外安田火災海上保険株式会社外五名の債権者は、昭和五七年九月三日、本件不動産の競売(以下「本件競売」という。)を申し立て、同月六日に競売開始決定がされた。そして、右開始決定の正本が、同年一〇月六日、公示送達の方法によって上告人(なお、上告人は、その当時、訴外会社の代表取締役であった。)及び訴外前田美代子に送達された。

(四)  被上告人は、代位弁済により、訴外金庫が訴外会社に対して有していた本件各借入債務に対応する各貸金債権(以下、右の各貸金債権を「本件各貸金債権」といい、個別には、本件借入債務(一)に対応する貸金債権を「本件貸金債権(一)」といい、本件借入債務(二)及び(三)に対応する貸金債権についてもその例による。)、本件根抵当権及び本件抵当権を取得した。

(五)  被上告人は、昭和六三年五月七日、本件競売の執行裁判所に対し、本件根抵当権の被担保債権として本件貸金債権(一)及び(二)を(本件求償権(一)及び(二)と表示して)、本件抵当権の被担保債権として本件貸金債権(三)を(本件求償権(三)と表示して)、それぞれ届け出た。

(六)  被上告人は、昭和六三年五月一八日、本件競売手続の配当期日において、本件貸金債権(二)に対し、一二一五万九一一七円の配当(以下「本件配当」という。)を受けた。

二  原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断して、別紙請求目録記載の被上告人の各請求(以下「本件各請求」という。)をすべて認容した。

1  本件各求償権については、次のとおり、昭和五七年一〇月一二日から同六三年五月一八日までの間、消滅時効中断の効力が継続していた。

(一)  執行裁判所による配当は、執行裁判所が債権者の具体的債権額を確定させ、これに基づいて売却代金を債権者に分配し、債権の満足を得させる手続であるから、債権者が配当を受けたことは、執行裁判所が債権者の被担保債権の存在を公にするものとして、民法一四七条二号所定の「差押」に準ずる消滅時効中断の効力を有するものということができる。また、債権者が配当を受けたことによる右の消滅時効中断の効力は、執行裁判所が配当の対象とした債権の存在を公認したことに基づいて生ずるものであるから、現実の配当がどの債権に対してされたかは問うところではなく、配当の対象とされた届出に係る債権の全部について、その存在が公認されたものとして消滅時効中断の効力が生ずるものと解すべきである。

(二)  そうすると、被上告人が本件貸金債権(二)に対する本件配当を受けたことにより、本件競売手続において配当の対象とされた被上告人の届出に係る本件各貸金債権全部の存在とその具体的債権額が確定され、本件各貸金債権について民法一四七条二号所定の「差押」に準ずる消滅時効中断の効力が生じたものということができる。

(三)  そして、本件各貸金債権及び本件各求償権については、本件競売の申立ての後で、訴外会社が被上告人に対して本件各求償権について最後の支払をした日である昭和五七年一〇月一二日から本件配当が実施された同六三年五月一八日までの間、消滅時効中断の効力が継続していたとみるべきである。

2  右によれば、被上告人は、本件各保証委託契約に基づく訴外会社の求償債務についての連帯保証人である上告人に対し、本件各請求をする権利を有する。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1(一)  担保権の実行としての競売は、被担保債権についての強力な権利実行手段であり、担保権者が自ら競売を申し立てた場合には、競売開始決定が債務者に送達され、その権利主張が債務者に到達することが予定されているから、被担保債権について消滅時効中断の効力を生ずるものと解される。

(二)  しかしながら、第三者の申立てに係る競売手続において債権届出の催告を受けた抵当権者がする債権の届出は、執行裁判所に対して不動産の権利関係又は売却の可否に関する資料を提供することを目的とするものであって、届出に係る債権の確定を求めるものではなく、登記を経た抵当権者は、債権の届出をしない場合にも、右の競売手続において配当を受けるべき債権者として処遇され、不動産の売却代金から配当を受けることができるものであり、また、債権の届出については、債務者に対してその旨を通知することも予定されていないことなどに照らせば、債権の届出は、その届出に係る債権に関する裁判上の請求、破産手続参加又はこれらに準ずる消滅時効の中断事由に該当するものとはいえない(最高裁平成元年(オ)第六五三号同年一〇月一三日第二小法廷判決・民集四三巻九号九八五頁参照)。

(三)  執行裁判所による配当表の作成及びこれに基づく配当の実施の手続においても、右の届出に係る債権の存否及びその額の確定のための手続は予定されておらず、抵当権者が届出に係る債権の一部について配当を受けたとしても、そのことにより、右債権の全部の存在が確定するものでも公に認められるものでもない。

(四)  また、配当期日には債務者を呼び出さなければならないが、右呼出しは執行裁判所が債務者に配当異議の申出をする機会を与えるためのものにすぎないから、これをもって抵当権者が債務者に向けて権利を主張して債務の履行を求めたものということはできない。

(五)  そうすると、登記を経た抵当権者が、第三者の申立てに係る不動産に対する担保権の実行としての競売手続において、債権の届出をし、その届出に係る債権の一部に対する配当を受けたとしても、右配当を受けたことは、右債権の残部について、差押えその他の消滅時効の中断事由に該当せず、また、これに準ずる消滅時効中断の効力を有するものではないと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、前記一の事実関係によれば、被上告人は、本件競売手続において、本件各求償権を表示して本件各貸金債権の届出をし、本件貸金債権(二)の一部に対する本件配当を受けたにとどまるものであるから、右債権の届出をして本件配当を受けたことによっては、本件各貸金債権及び本件各求償権について、消滅時効中断の効力が生ずることはないというべきである。まして、本件においては、被上告人が債権の届出をし、かつ、配当を受けたのは、いずれも消滅時効期間経過後であり、時効中断の問題の生ずる余地は全くない。

3  これと異なる見解に立って、本件配当を受けたことにより本件各貸金債権及び本件各求償権について消滅時効中断の効力が生じたものとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中、本件各請求に係る部分(五九四万八五二六円及びうち五八三万九九〇四円に対する昭和五七年九月二三日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を超えて被上告人の本件各請求を認容した部分)は破棄を免れない。そして、前記一の事実関係によれば、本件各求償権はいずれも時効により消滅しており、被上告人の本件各請求は理由のないことが明らかである。したがって、右に説示したところと結論を同じくする第一審判決は正当であって、本件各請求に関する被上告人の控訴は理由がなく、これを棄却すべきものである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官高橋久子 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

(別紙)請求目録

被上告人の上告人に対する次の各請求

(一) 被上告人と訴外株式会社カナトコーポレーションとの間の左記保証委託契約に基づく求償金八二四万八四五四円及びうち八二四万七五六六円に対する昭和五七年九月二三日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による約定損害金の請求

(1) 保証委託契約締結日 昭和五六年七月二八日

(2) 右契約の対象である訴外会社の訴外金沢信用金庫からの借入債務の概要

借入日 昭和五六年七月二八日

借入金 一〇〇〇万円

弁済期 昭和六一年七月二八日

(二) 被上告人と訴外会社との間の左記保証委託契約に基づく求償金二八八六万〇〇三五円及びうち四〇九万六四一七円に対する昭和五七年九月二三日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による約定損害金の請求

(1) 保証委託契約締結日 昭和五六年一一月一八日

(2) 右契約の対象である訴外会社の訴外金庫からの借入債務の概要

借入日 昭和五六年一一月一八日

借入金 三〇〇〇万円

弁済期 昭和六三年一一月一七日

(三) 被上告人と訴外会社との間の左記保証委託契約に基づく求償金一〇八五万三二一〇円及びうち七一九万五五三二円に対する昭和五七年九月二三日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による約定損害金の請求

(1) 保証委託契約締結日 昭和五六年一一月一八日

(2) 右契約の対象である訴外会社の訴外金庫からの借入債務の概要

借入日 昭和五六年一一月一八日

借入金 一五〇〇万円

弁済期 昭和六二年一一月一七日

上告代理人今泉純一、同吉岡一彦、同福原哲晃の上告理由

第一点 原判決は、民法一四七条二号、一五四条所定の「差押」の解釈適用を誤り、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

1 本件の事実の概要は、主債務者(以下本件主債務者という)から原債務の保証委託を受けた原債務の保証人である被上告人が、原債務を代位弁済し、原債務の債権者が上告人(右保証委託による求償債務の連帯保証人)ら所有不動産に有していた原債務を被担保債権とする抵当権を右原債務の債権者から譲り受けたところ、その代位弁済に先立って、右不動産に別の抵当権を有する他の債権者(以下本件申立債権者という)が上告人を債務者とする被担保債権の満足を受けるために担保権の実行による競売の申立てをしており、上告人は右競売事件の配当手続によって本件主債務者に対する求償権債権三個の内の一個の求償権債権の一部について配当を受けたが、配当の時点では求償権債権の全部についての五年間の時効期間が経過していた、という事案である。

2 原判決は先ず、右の「配当」を、民法一四七条二号、一五四条所定の「差押」に準じるものとして、求償権債権の消滅時効の中断事由と判断している。

原判決の論旨は鮮明とはいえないが、「配当金の受領」が執行裁判所が債権者の被担保債権の存在を公にするものであること、をその理由としているように見受けられる。また原判決は、全部の求償権債権が「配当金の受領」によって確定した、ともいっている。更に「配当金の受領」によって「差押」に準じた時効の中断があった、ともいっている。

一方、原判決は配当がされなかった他の求償権債権についても「配当」が消滅時効の中断事由になるとし、その理由として、「配当」は、その対象となる債権者の債権の存在が公に認められたことに時効中断の効力が認められることを挙げている。

これらの理由付は前後矛盾し、混乱しているようであるが、これは原判決が時効中断の事由かどうかを判断する「配当」とは具体的にどのような事実、行為をいうのかを決めないで判断しているからである。

後者の理由付を忖度してみれば、原判決は、配当手続において執行裁判所に提出する債権計算書に表示され(更に配当表に債権として記載されれば)れば配当の有無を問わず時効の中断事由になる、と考えているのではないかと思われる。

3 原判決は、「配当」が「差押」に準じる理由として、被担保債権の存在が公になるとか、配当金の受領によって確定したとか、債権者の債権の存在が公に認められたとかいっているが、その意味は判然としない。

その意味が、執行手続において「配当」を受けること、または「配当手続」に参加すること(配当表に債権として表示されること)が、抵当権の被担保債権の存在を確定するからである、という意味であれば、それは誤りである。

不動産競売手続が開始された目的不動産のうえに登記を有する担保権者は、担保権の登記があるという理由のみで配当等を受けるべき債権者として扱われ(民事執行法一八八条、八七条一項四号)、債権者の債権届出(同法五〇条、なおこれが時効中断事由にならないことは、平成元年一〇月一三日第二小法廷判決)等の手続を経て、配当等の手続に進めば、計算書の提出(民事執行規則六〇条、提出にかかる債権の内容が債務者に通知されることもない)、配当期日における配当表の作成(民事執行法八五条)、配当表に基づく配当の実施(同法八四条一項)が行なわれるだけであり、執行手続は被担保債権の存在を確定することを目的とする手続ではないから、仮に当該抵当権者に配当手続で配当がなされても被担保債権の存在が確定するものではない。当該抵当権者が計算書を提出しなくとも、また配当期日に出頭しなくとも、配当は実施されるのである。

また、「配当」に被担保債権の確定としての効果がないからこそ、本件主債務者のように、被担保債権の債務者が執行手続の申立債権の債務者・物件所有者と異なる場合は、この被担保債権の債務者は民事執行法上、全く手続の外におかれ、執行手続上で被担保債権の存否について争う機会も与えられていないのである。

4 時効中断の根拠については、学説上は、時効の存在理由とも関連していわゆる権利行使説(実体法説)と権利確定説(訴訟法説)の争いがあり、判例理論も統一的に理解することが難しいとの指摘があるものの、少なくとも、判例においても時効中断の根拠は「権利者の権利主張」と「権利の確定」におくべきであろう。

時効中断の根拠という観点からして中断事由としての「差押」を見ると、「差押」は「権利者の権利主張」である権利の強制的行使であり、この手続が許されるのはその基礎にある債権の存在を公に確証するという「権利の確定」があるということになる。

ところが、「配当」は、申立債権者以外の債権者にとっては、執行手続に乗って売得金から分配をうける手続でしかなく、右のような「権利者の権利行使」でもなければ「権利の確定」ということもできない。特に本件のような執行手続に債務者の関与が予定されていない場合は「権利行使」や「権利確定」の相手方たる債務者が全執行手続に全く関与していないのである。

更にいえば、抵当権者が「配当」を受けた場合は、実体法上、被担保債権が存在していたならば、配当金が被担保債権の弁済となり、その配当金の限度で被担保債権消滅の効果が生じるに過ぎないのである。そして、配当にあずかれなかった当該債権の残額や他の被担保債権については、その内容や額を計算書として執行裁判所に届け出、あるいは配当期日に作成された配当表にその債権が記載されても、実体法上はもとより執行手続上も当該債権の確定という効果はないのである。

以上の点から考えれば、「配当」が民法一四七条二号、一五四条所定の時効中断事由たる「差押」に準じるとする原判決の判断は誤りであるというべきであり、更に前記の中断事由の根拠から考えても、「配当」は破産手続参加、承認、その他の時効中断事由にもあたらないものというべきである。

5 次に、仮に「配当」が「差押」に準じる時効中断事由であるとしても、その効力の発生時期は何時か、という問題が生じる。本件では配当時点では時効期間が満了していたからである。

この点について、原判決は、時効中断の時点は配当金の受領時であるとしながら、時効中断の効力(原判決書では「時効の効力」となっているが、文脈から考えて「時効中断の効力」の誤りであろう)は、本件申立債権者の競売申立後の(本件求償権債権の一部弁済による時効中断事由としての承認があった)昭和五七年一〇月一二日から配当金受領時まで継続していた、という。その意味はよく解らないが、時効の中断時点は「配当金の受領時」であるが、時効中断の効力は当該執行手続の開始時点(本件競売の申立時点)まで遡るべきところ、本件競売申立後に本件求償権債権の弁済期(代位弁済時)が到来して消滅時効の進行が開始し、最後の一部弁済の時点で「債務の承認」としてその消滅時効の中断があったから、「配当」による時効中断の効果は最後の中断時点まで遡る、との趣旨であろう。

何故、「配当金の受領」を時効中断の時点としながら、その中断の効力が執行手続の開始時点まで遡ることになるのかは、その理由が示されていない。

原判決が「配当」を「差押」に準じる時効中断事由である、としているのは、時効中断行為としての「配当」により時効中断の効果を受ける当事者は、被上告人と本件主債務者であると考えているのであろう。

このように考えなければ、原審にとって「配当」が時効中断事由かどうかを判断する必要はなかったということになるからである。原判決は、本件競売開始決定の上告人への(公示)送達を、本件主債務者への民法一五五条所定の「差押」の「通知」であると判断している。この結論を前提とするかぎり、担保権の実行としての競売の開始による差押が時効中断事由としての「差押」にあたること、その効力発生時点が競売申立時点であることは、今日では学説判例上もほとんど異論がないところであり、この中断効は競売手続が取消、取下で終了しない限り、配当手続の完結時点まで継続することになるから、本件事案のもとでは「配当」が時効の中断事由かどうかを問題とする余地がなかったからである。

本件の場合、競売開始決定による「差押」によって時効中断の効果を受ける当事者は本件申立債権者とその債務者兼物件所有者である上告人であり、時効中断の効果を受ける債権は右当事者間の債権である。

したがって「配当」が執行手続の一部であるからといって、時効中断の効力を受ける当事者が「競売の開始」と「配当」では異なる以上、その「配当」による時効中断の効力を、別の当事者間での中断事由である「執行手続の開始」時点まで遡らせる根拠は、理論上も実際上も全くないというべきである。

民法上、一連の手続のなかで行なわれる債権者の行為に時効中断効を認める例として、破産手続参加(民法一五二条)があり、これは破産債権の届出をいうものであるが、この中断時点は破産債権届出書を破産裁判所に提出した時点であると考えられており、破産宣告の時点まで中断効が遡るとはされていないのである(なお、破産宣告が時効中断事由に該当するかどうかはこれとは別の問題である)。

この「配当」時点を時効中断の効力発生時点とする見解に対しては、このように考えると、「配当」時に消滅時効が完成していた場合は、競売手続における配当を期待して何もしてこなかった申立債権者以外の抵当権者に酷な結果になり、右抵当権者に他の時効中断手続を強要することにもなって、妥当ではない、との反論も考えられないではないが、競売手続が取消、取下で終了した場合もその時点で消滅時効が完成していた場合は右と同様の結果になる(前記平成元年一〇月一三日第二小法廷判決の事案は、まさにこのような結果になっている)から特に異とするまでもない。

以上によれば、仮に「配当」が時効中断事由になるとしても、その効力は「配当」時点より遡るとする原判決の判断は失当であるというべきであり、「配当」時点では本件求償金債権は五年間の短期消滅時効が完成していたというべきである。

第二点 原判決は、民法一五五条所定の「差押」、「通知」の解釈適用を誤り、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

1 原判決は、本件競売開始決定が公示送達で上告人に送達された以上、上告人は本件主債務者の代表取締役であるから、本件主債務者もこれを知ったことになるから、右開始決定の送達は本件主債務者に対する民法一五五条所定の「通知」であるとしている。

この判断の前提には、本件競売開始決定が被上告人にとっても同条の「差押」(又はこれと同等の効力を有するもの)に該当するとの判断があるはずである。

2 民法一四八条は、時効中断の効果は、当該中断行為に関与した当事者とその承継人のみに及ぶ旨規定しており、この時効中断効の人的範囲の相対性の原則に対する例外規定の一が民法一五五条の規定である、とされている。

民法一五五条は、時効の利益を受ける者以外の者に対して「差押」等の時効中断行為がされた場合に、「差押」等の事実を時効の利益を受ける者へ通知することによって、その者へも時効中断の効力を及ぼそうとする規定である。

この民法一五五条の規定は、時効中断行為をした権利者の権利に関しその義務者の人的範囲を拡大して時効中断の効力を拡張する規定であり少なくとも、時効によって不利益を蒙る権利者の人的範囲を拡張する規定ではない、というべきである。自ら本条の「差押」等の時効中断行為をしていない債権者を保護する規定ではないというべきである。

右の「権利者の権利に関する」という点については、議論がない訳ではない。例えば債権者が保証人所有財産を「仮差押」し、この事実を主債務者に「通知」した場合に主債務の消滅時効を中断するか、という問題として議論がある。この場合は「仮差押」の被保全債権は保証債務履行請求権であり、主債務とは別個の債権であるから、主債務そのものを保全するために「仮差押」がされたわけではないから、これを通知しても主債務の時効の中断にならないのではないか、という議論である(この点に関して判断した裁判例もない)。

しかし、少なくとも、他人の時効中断行為である「差押」を自己の時効中断行為としての「差押」と同視することができる場合があるというような議論はされていないのである。

したがって、民法一五五条によって利益を受ける者は、本件では本件申立債権者であり、競売手続が開始された目的不動産に抵当権を有する抵当権者に過ぎない被上告人はこれに含まれない。本件競売の開始は、被上告人にとっては、時効中断事由たる民法一四七条二号、一五五条の「差押」にはあたらないものというべきである。

原判決のいう(この点に関する判断ではないと思われるが)、本件競売がされた以上、本件主債務者も被上告人の権利が右競売手続で実行されることが予想することができた、ということは、本件競売の開始が被上告人にとっても「差押」であると考える理由にならないことは当然である。

以上によれば、右の解釈を誤った原判決の判断は、この点において既に失当である。

3 仮に、本件競売の開始が被上告人にとっても民法一五五条の「差押」であると考えても、本件競売開始決定が上告人に(公示)送達されたことが、本件主債務者への「通知」にあたると考えることはできない。

原判決は、民法一五五条が「通知」を要求する趣旨は、義務者が知らないうちに時効中断の効力を受けることがないようこれを保護することにあるとして、本件競売開始決定が上告人に送達されれば、上告人が代表取締役である本件主債務者もこれを知ったことになるから、本件競売開始決定の送達によって本件主債務者に「差押」の「通知」がなされたものとしている。

しかしながら、民法一五五条は、時効中断の効果は中断行為の当事者とその承継人に及ぶとする同法一四八条の原則の例外として、一定の場合にその人的範囲を拡張する規定である。例外規定である以上、その要件は厳格に解釈すべきである。

判例は、民法一五五条は一定の範囲で時効の効果を受ける人的範囲を拡張しながら、これにより、時効の利益を受ける者が中断行為により不測の不利益を蒙ることのないようにその者に対する通知を要することとし、債権者と債務者との間の利益の調和を図った趣旨の規定である(昭和五〇年一一月二一日第二小法廷判決)としている。

右判例の見解を前提としても、「通知」を発する者が債権者に限るかどうかはともかく、少なくとも「通知」は時効の利益を受ける者に対してなされるべきであり、「通知」は時効の利益を受ける者に宛ててなされる必要があるというべきである。本件でも「通知」は上告人とは異なる法主体である本件主債務者に宛ててなされたものでなければならないものというべきである。

民法一五五条の立法趣旨を、原判決のように、義務者が知らないうちに時効中断の効力を受けることがないように義務者を保護することである、といってしまえば、義務者が偶々であっても知りさえすればよいということになり、結局、その要件を、「義務者に対する通知」ではなく「義務者が差押等の事実を知ったとき」と解釈することになろう。本件は公示送達の事案であり、原判決のような立法趣旨であるとすると、本件のような到達の擬制の場合も「知ったこと」になるのかという問題もでてこよう。

以上によれば、この点に関する原判決の判断も失当であり、本件では右以外に本件主債務者に「差押」の「通知」がなされた事実がないから右解釈の誤りは判決の結論に影響を及ぼすこともまた明らかである。

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